バロンドールに対しモウリーニョ激白。 「勝つのは個人じゃない、チームだ」
『フランス・フットボール』誌12月8日発売号はバロンドール特集号である。通常号でありながら、通常の火曜ではなく金曜の発売。そこに同誌にとってのバロンドールの意味がある。
内容は、リオネル・メッシと並ぶ史上最多5度目の受賞を果たしたクリスティアーノ・ロナウドの大特集である。
本人のロングインタビューに加え、彼の成長に影響を及ぼしたすべてのクラブ監督たち、ラズロ・ボロニ(当時スポルティング)にはじまりアレックス・ファーガソン、マヌエル・ペジェグリーニ、ジョゼ・モウリーニョ、カルロ・アンチェロッティ、ラファエル・ベニテス、そして現監督ジネディーヌ・ジダンのインタビューないしレポートで、ロナウドの成長の過程を追っている。
ここに掲載するのは、ティエリー・マルシャン記者によるモウリーニョインタビューである。レアル・マドリーで3年間をクリスティアーノとともに過ごしたモウリーニョが、ロナウドのキャリアに与えた影響は大きい。ふだんあまり聞くことのできない“モウ”の言葉をじっくり味わってほしい。
「何よりも齢のわりに創造力が豊かだった」
ジョゼ・モウリーニョと話す機会を得るのは極端に難しい。
そしてモウリーニョを相手に、彼自身や彼のクラブ以外のテーマについて話すのはさらに難しい。
そのモウリーニョが、ロナウドの5度目のバロンドール受賞について、インタビューを受け入れたのは極めて異例といえた。取材は12月1日(金)の午後、アーセナルとのリーグ戦を翌日に控えロンドンに出発する直前におこなわれた。電話による20分強の質疑応答は余計な会話をいっさい挟まず、一度として途切れなかった。
テーマが何であれ、モウリーニョが期待を裏切ることはあり得ないのである。
――はじめてクリスティアーノ・ロナウドの名前を耳にしたのはいつのことですか?
「彼がまだスポルティングに在籍していたゼロ年代の初めだ。私もポルトガルで監督をしていて彼は16歳だった。プレーしているのを一度見た。すでに他の選手たちのレベルを越えていたよ。今日のようなフィジカルの強さはなかったが、体格は立派なうえに抜群のスピードで、何よりも齢のわりに創造力が豊かだった。当時の彼はドリブルとスプリント力の高さが目立つサイドアタッカーで、今日のようなストライカーではなかった」
「3つの異なる成長過程を経て今日の彼が出来あがった」
――彼の進歩をどう見ていますか?
「クリスティアーノは私よりも先にイングランドに来た。とはいえポルトガルより高いレベルでのリーグでデビューを控えていた若手に過ぎず、才能は疑いないがまだ覚醒していなかった。サー・アレックス・ファーガソンは、そこを良く理解していて、その後とてもうまくコントロールしたのだと思う。すべての試合に出場したわけではなく、ときにベンチスタートだったことからも、それは分かるしね。選手しても人間としても、彼はまだ教育課程にあった。
すでに述べたように、当時の彼は純粋なウィングだった。3つの異なる成長過程を経て今日の彼が出来あがったのだと思う。
とりわけレアルで彼は戦術的な面で進化を見せはじめ、マンチェスターでのサイドアタッカーと今日のセンターフォワードの間のハイブリッドなポジションを取るようになった。
彼は、サッカー界で最初にモダンなタイプのウィングになったわけだ。換言すれば、クロスを送るためにサイドを活用し、外から得点のためのポジションに侵入してくるタイプだ。ジョージ・ベストやライアン・ギグスといったウィンガー――サイドをスピード豊かなドリブルで突破し、クロスをあげる選手たちのプレーを真似していたようにも思う。
彼に対抗する術としては、もちろん直接止めることを試みるべきだが……同時にスペースを消してプレーさせないことも有効だった。というのも彼はそのスピードと創造力で相手のバランスを崩していたわけだからね」
「すべての試合で彼がチームの根幹だった」
――あなたは彼を特別な選手と見なして、レアルでもそのように扱いましたか?
「“われわれにとって必要不可欠”という意味において、確かに彼は特別だった。史上最強のバルセロナを破ってリーガのタイトルを勝ち取る(2012年)ために、彼のような選手は絶対的に必要だったからね。常に必要としていたから、休息を与えることもできなかった。ゴールゲッターでありまた攻撃のリーダーでもあり、すべての試合で彼がチームの根幹だったわけだから。
ただ私は、一度として彼に特権的な地位を与えなかった。他の選手と同じように接したし、特別扱いは何もなかった」
「世代を越えサッカーの歴史の中で語り継がれていく」
――レアルの偉大な選手たちの系譜の中で、あなたは彼をどこに位置づけますか?
「まず彼はバロンドールを5度獲得した。それだけで凄いことだ。すべての価値ある個人表彰が彼に付与された。バロンドールがそうだし、FIFAやUEFAの最優秀選手賞もそうだ。それも1度や2度ではなく、4度、5度のことで……。イングランドとスペインでリーグタイトルを獲得し、ふたつの異なるクラブでチャンピオンズリーグに優勝した。そうした栄誉に関して、彼はもはやこれ以上何も必要としないのではないかとさえ感じるくらいだ。
メッシやマラドーナ、ベスト、ペレ、エウゼビオ……彼らの名前とともにクリスティアーノも、世代を越えサッカーの歴史の中で語り継がれていく選手のひとりになったわけだ。
私の子供たちはペレのプレーを見たことはなくとも、ペレがどんな選手であったか知っている。今から40年後の子供たちも、クリスティアーノがどんな選手だったかよく知っているはずだ」
「そのすべてが偽りであるか的外れだった」
――レアルで彼との間に生じた問題について語ってもらえますか?
「駄目だ! その話はしたくない。プライベートな領域の問題であると同時にプロフェッショナルな問題でもあるからだ。
私の仕事に関わる問題で、公にする必要のないことだ。とても多くが語られ書かれてきたが、そのすべてが偽りであるか的外れだった。
私が唯一言えるのは、彼とプライベートでは何の問題もないということだけだ。彼もまた同じように思っているのではないかと思う」
「監督と選手、それだけだ」
――彼とは具体的にどういう関係だったのでしょうか。親子なのか兄弟なのか?
「そのどちらでもない。監督と選手、それだけだ。監督と選手の良好な関係だった。
われわれがうまくいったのは、力を合わせてすべてを勝ち取ろうという意志が一致したからだ。その気持ちで3年をともに過ごすうちに、彼は私のもとで最高の選手となり、私も彼の力を借りて最高の監督となった。素晴らしい思い出だよ」
――つまり“ウィン・ウィン”の関係だったわけですね。
「そう言える。成功を得たいと願っている人間同士は必ず共通理解が得られる。
私がレアルの監督に就任したのはクラブが何のタイトルも得ていないときだった。クリスティアーノのような“ウィナー”には大きなフラストレーションが溜まっていた。われわれは共通の目的を持ち、それを達成するために力を合わせて戦った。勝利への強い執着心を持った彼とともに働くのは私にとっても大きな喜びだった」
「『タイトルへのゴール』と呼ぶ、バルセロナでの得点」
――クリスティアーノとの最良の思い出は何でしょうか?
「喜びの瞬間はたくさんあったし、悲しいときも幾度かあった。思い出すのはトッテナムとのチャンピオンズリーグ、その準々決勝だ。
怪我にもかかわらず彼は出場を望んだ。無理をすればさらに悪化する危険があったが、最終的に彼はリスクを冒してプレーした。それだけ重要な試合だったからだが……その時、私は彼の驚くべき強い意志を感じた。
もうひとつは私が『タイトルへのゴール』と呼んでいるバルセロナでの得点(2012年)だ。優勝するためにはこの直接対決で絶対に引き分け以上が必要で、彼がそのゴールを試合終了間際にもたらしてくれたのだ。人々の記憶に永遠に残るゴールだった。
さらにバイエルンとのチャンピオンズリーグ準決勝(2012年)で、PKを外したときの彼の悲しみも忘れられない。
悲嘆に暮れながらフラストレーションを隠しきれなかった。見ていられないほどだったが、すべてを手にした彼ほどの選手があんな状態になるのが信じられなかった。あまたの敗戦のひとつであるのに、彼にはそうは考えられなかった。
そうした歳月を経た後も……彼の野心が今もまったく衰えてはいないのは凄いことだと思うよ」
「セビージャで4ゴールを決めたのは凄かった」
――それではあなたが見た彼の最高の試合はどれでしょうか?
「そうだなあ……セビージャで4ゴールを決めたのは凄かった。ラシン相手にも同じことをした。他には……センターフォワードとしてプレーしたバルサとのコパデルレイ決勝(2011年)もある。他のポジションでプレーするようになった最初だった。常軌を逸したかのような凄まじいプレーぶりで、結局ヘディングでゴールを決めた」
「勝つのはチームであって個人ではない」
――彼とあなたの間のことで、まだ誰にも話していないことは何かありますか?
「ないね」
――何も言いたくないのか、それとも言うべきことは何もないのか?
「いや、私が本を書かないのは、私には語るべき物語が何もないからだ。私は自分と選手たちの間の出来事を、勝手に他人に言わせておく類の人間ではない。
本音を言えば、私はまだ知られていないことを、今、あなたに話したくはない(笑)。そしてマドリードでは、人に知られていない話などないわけだから……」
――では最後に、クリスティアーノの5度目のバロンドール受賞に対して何を言いたいですか?
「言いたいのは誰が世界最高の選手であるかを、世界中がよくわかっているということだ。
ただし……違いを作り出すのはどんな場合も全体的なもの、チームが一体となった時の意思であることは変わらない。勝者と敗者を分けるのもチーム全体の意思であるわけで……勝つのはチームであって個人ではない、ということを分かっておかなければいけない」
「彼はチームのためにプレーをした」
「確かなことは……誰も彼のバロンドール受賞に文句は言えないはずだ、ということだ。今年はチャンピオンズリーグを連覇し、リーガも制覇、去年はEURO2016でヨーロッパの頂点に立った。だが繰り返すが、違いは常にチーム全体が作り出すものだ。それを忘れてはいけない
最高の選手は誰だ? クリスティアーノだ、ネイマールだ、メッシだ……議論はいくらでもできるが、彼らのうちで、チームのタイトルを獲ったのは誰なのか?
チームなんだ、チーム。
チームこそが重要で、個人のタイトルもチームなしには考えられない。
そして今年で言えば……すべてを得たのがクリスティアーノだったということだ。
彼はチームのためにプレーをした。そう、まさにチームのためにだ。彼は必要とされるときにつねにそこにいた。シーズンで最も重要な瞬間、真実が露わになる瞬間にまさにそこにいたのがクリスティアーノだったわけだ。他の誰でもなかった。
だから彼はバロンドールに値した。
そういうことだ」